う蝕や不正咬合における遺伝との関係
う蝕は歯周病と並んで日本だけでなく世界に蔓延している疾患であり、これに不正咬合を加えて、歯科領域における三大歯科疾患と考えられている。小児歯科においてもう蝕と不正咬合の予防と治療が主な領域であり、これらの基礎的臨床的研究が多く行なわれている。
生物の形質は、親から子へ受け継ぐ遺伝的影響と、環境的影響によって決定されると考えられている。人においても遺伝しない形質はないといわれており、う蝕と不正咬合も遺伝的影響によって左右されている疾患である。臨床家にとってもう蝕と不正咬合に関する遺伝的影響について尋ねられたときに、即座に返答ができるような知識を持っておくことが肝要である。
う蝕についていえば、同じように歯ロ淸掃や砂糖の量を指導されている同年齢の子供たちのなかにも、う蝕の多い子もいれば、全くない子もいる。また同じ環境と思われる家族のなかでも、兄と弟ではう蝕のかかり方が違う場合がある。このように環境的影響だけでは理解できない部分があることは周知の事実である。このことは、遺伝的影響がう触と深い関係にあることを物語っている。
う蝕と遺伝のかかわりあいについて考えるためには、まずう蝕の原因から論じなけばならない。Keyesは宿主、微生物、食物の要因があり、この三つの要因が重なった部分にのみう触が発生すると報告しており、この三つの要因は遺伝的影響を考える際に極めて重要である。
宿主つまり歯については、形態的および生化学的な面に分けられる。歯の形態やその配列状態によって、自浄作用と歯ロ淸掃の難易度に差が起こり、う蝕の感受性の違いとして現れる。生化学的な面では歯の質つまり石灰化度の高低によっても感受性が変化する。これは成熟永久齒よりも幼若永久歯のほうがう蝕にかかりやすいことからも明白である。
微生物が遣伝するというのは少しおかしく感じられるかもしれないが、実際に家族的に口腔常在菌がよく似かよっていることが知られている。これは母子間などで細菌の伝播が推察される。また、歯面に細菌が忖着するためには唾液中の糖タンパク質からつくられるペリクルが必要である。この糖タンパク質の性状も遺伝的影響を受けている。さらに唾液中に分泌されているIgAという免疫物質も遺伝的に支配されていると考えられている。これらのことは細菌の歯面への付着に 影響を与えると思われる。つまり、口腔常在菌も遺伝的影響にはなんら無関係のようにみえるが、その定着過程で遺伝的に関係が深いことが指摘されている。
食物も一見遣伝とは関係ないように感じられるが、嗜好性として考えられている。つまり、遺伝的に支配されている味覚能が嗜好性に影響を与えるといわれている。以上のことから、臨床の場で「親子でう蝕が多いがどうしてか」と聞かれた場合に、環境的影響を十分に考慮したうえで、遺伝的影響について指導することも大切ではないかと思われる。
不正咬合と遺伝について述べるときに、必ずといっていいほどとりあげられるのがハブスブルク家の顎である。以前から下額骨の過成長による骨格性の下顎前突は、極めて高い遺伝的要因によって支配されていることが主張されてきた。近年、歯科矯正学の診断法であるセファロ分析法の開発に伴って、遺伝的研究が進歩してきた。
下顎骨の異常な前方成長を特徴とする真性下顎前突は、しばしば家族性に出現するので優性造伝といわれ、下顎前突では、骨格 性の異常は遺伝的影響を、歯槽性の異常は環境的影響を強く受けることが明らかとなっている。これに対してアングルI級の 叢生は非逍伝性であるといわれ、また上顎前突に関して遺伝的影響は今のところ否定されていない。
以上のことから、臨床に携わるものにとって、不正咬合と遺伝との関係を知ることが重要と考えられる。それは不正咬合の原因を解明し、予防と治療を施し、その予後を予測するさいに、患者に対して適切な指導ができるからである。